歌が上手いとは正確に歌えること?

発声と芸術

歌唱のトレーニングには、大きく2つの側面があります。
まずは、喉や身体に無理のない、自由自在な発声を得るためのボイストレーニング。
ニューヨークボイストレーニングでは、ボイスサイエンスや音声学、解剖生理学、ボディワークなどの知識やメソッドを用いて、楽で持続可能な、健康的な発声ができることを目指します。

でも、歌のトレーニングは、それだけではありません。
発声の技術と同じように、芸術面での深掘りも重要です。
声を通して、自分自身から湧き起こるその時の感情や想いを、思いのままに表現する。
そのためには、自分の感受性や思想、人生経験を通してその曲と向き合い、自分自身の解釈を持って歌を表現していくことが大切です。

技術的に100点の歌よりも、その人らしさが滲み出る歌。
私は、そこに人が歌に感動する理由の一つがあると思っています。

カバー曲であっても、オリジナル曲の通りに歌わなければいけないと決められたわけではありません。
オリジナルのコピーのように歌うことが、必ずしも正解でもありません。
あなたの唯一無二の声で、あなたにしかできない表現をする。
それこそが、「あなたの歌を聴きたい」と思ってもらえる理由にもなるのではないでしょうか。
そして、それこそが、一生かけて深掘りしていける歌の醍醐味だと思っています。

正確に歌うことと、人間が歌うこと

少し前には、カラオケの精密採点が流行し、ピッチの正確さやビブラート、ロングトーンなど、歌唱を数値で評価することが注目されました。
そして今は、AIが歌を正確に歌う時代です。
もちろん、人間にとっても技術を磨くことは大切です。
でも、だからこそ私は、「人間だからこそ歌える歌」を歌うことが、これまで以上に重要になっていると感じています。
正確に歌うことだけではなく、自分は何を感じ、何を伝えたいのか。
自分の声と、自分の人生を通して、何を表現するのか。
そこには、AIには置き換えられない、その人にしかないものがあります。

技術を身につけるのは、表現を自由にするため

常日頃、ニューヨークボイストレーニングのレッスンでは、発声トレーニングに特化して基礎力の向上に取り組んでいます。
一方で、常に「何のために、この技術を身につけているのか」という目的を忘れないことも大切にしています。
レッスンの中でも、折に触れて生徒さんにそのことをリマインドしています。

技術を身につけ、磨くことは、表現を自由にするため。
表現を自由にするために、技術を磨き続ける。

技術と表現は、別々のものではありません。
自分の表現をより自由にするために、必要な技術を身につけていく。
その目的と意図をしっかりと認識することが大切だと考えています。

正しい発声を土台に、その人自身の歌を見つける

ボーカル指導では、「この歌い方が正しい」「この歌い回しが正解」という形で、一つの答えを提示することが、歌唱指導として捉えられていることも少なくありません。

もちろん、技術的な部分には、知識や身体の仕組みに基づいて主体的に指導しています。
でも、芸術としての歌に、たった一つの正解があるとは私は考えていません。

だからこそ私は、
「あなたは、このフレーズや歌詞から何を感じる?」
「どう表現したい?」
と問いかけながら、歌唱指導をしています。

技術的な面については、これまで培ってきた専門知識や経験に基づいて、しっかりと導いていく。
一方で、芸術的な面では、私自身の感性を押し付けるのではなく、その人の感受性や、その人が歩んできた人生が滲み出るような表現を、一緒に見つけていく。

それが、私が考える歌唱指導です。

だからこそ、講師である私自身も、歌の指導をしていて飽きることがありません。
なぜなら、十人いれば十人の声があり、十人の人生があるからです。
同じ曲を歌っていても、一人ひとり違う。
その人にしか出せない声、その人にしか生まれない表現があります。
そして生徒さんからも、
「深いですね」
と言っていただき、更に歌に魅了されている様子を見て私も嬉しくなります。

技術を身につけるほど、歌の奥深さが見えてくる。
歌は、上手く歌えるようになったら終わりではなく、そこからさらに、自分自身の表現を深めていくことができる。
私は、そこに歌の面白さがあると思っています。

技術については、専門的に。
でも、表現については、講師の感性を押し付けず、その人らしさを引き出す。

ニューヨークボイストレーニングでは、その両方を大切にしながら、一人ひとりが「自分自身の歌」を見つけていくためのレッスンに取り組んでいます。